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Reiko
Takayama

1124

  • マツコウビン
  • 2025年12月31日
  • 読了時間: 3分

晴れ。前回は見学で、今回は参加してみた。


 自分が持っていったのはすごく端折ると「健康診断でひっかかって再検査したけど目立った病気はなくて、痩せろと言われただけで帰って来た」みたいな話。

 こんなしょうもないエピソード、演劇として膨らませようがあるのか……?と内心疑問ではあったんだけど、やってみたら全然大丈夫だった。

 大丈夫というか、思いもよらない方向に話が転がったり、他の参加者さんのエピソードの意外な部分と接続したりと、無事(?)ダイナミックな変化が起きた。


 あるシーンでは、会場の水性の前の通りでパフォーマンスをすることになった。

 自分はただ立っている役だったが、それでもなにかを演じながら/何かのフリをしながら街角に紛れている、という感覚がかなり新鮮だった。

 11月の中野はまだそんなに寒くなくて、日中で祝日ということもあったけどそれにしてもやけに人が多くて、なんでだろとみんなで観察しているうちに、この日は酉の日で、近くの神社でお祭りをやっているということがわかった。


 調べるとちょうどその神社が帰り道の方向に位置していたので、帰りに寄ってみることにした。


 小さい頃自分が住んでいた練馬も、11月になると大きな酉の市のお祭りをやっていた。

 薄暗くなった住宅街を通り抜けて、ライトアップされた参道が見えてくるときの懐かしい感じ、テンションの上がる感じは四十過ぎても体に残ってるんだな、と思ったり。


 派手に飾り付けられた熊手を売る屋台に混じって、焼いた銀杏とお酒を出していたのでそれをいただきながら、参拝者が持参する古くなった熊手を焚き上げる火にあたっていると、隣のベンチにもお酒を飲んでいる若い男女がいて、話している内容が聞こえた。


 なんと、演劇についてかなり真剣に談義をしている。

 談義というか、女性のほうが、ある作品の演出のされかたが気に入らなかったらしく、ずっと文句を言っていた。

 携わっている演出家は仲間内っぽい言い方をしていたので、多分ふたりとも少なからず演劇に関わっている人物であることが伺えた。

 正直横から加わりたいくらい面白そうな話をされていたのだが、思いとどまり、酒が切れたタイミングで立ち去った。

 このシーンの登場人物としては、そっちのほうが正しいような気がしたので。

 

 それにしても、なんていう作品について話してたんだろうか。彼らの言うとおりすごくつまらなかったとしても、観てみたかった気がしてならない。

 10月の帰り道に続いて、またもやワークショップの続きの中にいるような、不思議な気分になる出来事だった。


マツコウビン




 
 
 

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